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下顎再建について、
寺尾医師去川医師が語ります。

下顎再建を語る

去川「私が再建を専門にし始めた10年くらい前には、先生は腓骨による下顎再建の先駆者で、憧れのスーパースターの一人でした。よろしくお願いします。」
寺尾「そんなに持ち上げたら重たいですよ、メタボですから。私が再建外科医になろうと思った20年前、腓骨を顎の形に細工して、それを血管吻合で移植するというのは憧れの手術でした。形も機能も再建するなんてすごいなぁって思っていました。」

去川「先生も憧れの時代があったのですね。やはり、先生のところは腓骨での下顎再建が多いのですか?」


寺尾「駒込病院は切除範囲が大きい症例が多いので、骨切りが容易な腓骨がほとんどです。口腔内の組織が広く合併切除されることも多いので、顎堤、口腔底、舌、頬粘膜、皮膚の欠損状況に合わせて、腹直筋皮弁や大腿皮弁を組み合わせています。以前は肩甲骨の移植もやっていましたが、体位の問題や皮弁の硬さの問題からあまりやらなくなりました。腸骨は良いなぁと思っているのですが、慣れていなくて。今日はいろいろ教えて下さい。」

去川「自治医大は最近では自家骨が8~9割で、腸骨と腓骨が半々くらいです。適応は限られますが、腸骨でのベア・ボーンという特殊な方法も行っております。その方法には、多くの患者さんが術後早期から入れ歯を使えるという大きな利点があります。」


寺尾「ベア・ボーン!先生の得意技ですね。口腔内に骨を露出させて、そこに粘膜を再生させるという発想には驚きました。皮弁や植皮より、再生粘膜のほうが機能的なのですね。詳しく教えて下さい。」

去川「まず腸骨についてですが、正常の下顎に近い形を作ることができるという大きな利点があります。しかし高齢者の場合、股関節の問題、つまり、採取後の安定性と筋力低下により歩行障害が出る可能性があります。よって目安として75歳以下の方のみの適応としています。腓骨の年齢制限は設けていませんが、足の血管は動脈硬化など起こしていることがあるので、手術前に検査をして問題がないと思われた方のみにしています。」


寺尾「なるほど、採取部の問題ですね。腓骨は取り出しても、歩行機能はほとんど問題ありません。中にはゴルフやスキーをやっている患者さんもいます。しかし腓骨の場合、下肢の血行障害があると使い難いですね。患者さんの状態や年齢などに応じて採取部を選ばないといけないですね。腸骨ならではの利点はベア・ボーンですね。」

去川「ベア・ボーンは、名古屋第一日赤口腔外科の大岩先生に教わった方法で、移植した骨の上に自然に肉が盛って粘膜ができるのを待ちます。個人差はありますが粘膜ができるまでには3か月くらいかかります。適応は、口の中の取れる範囲が狭く、手術後の放射線治療がない方だけにしています。良性のできものや、外傷後の欠損、放射線治療後の病的骨折などはよい適応だと思っています。」

寺尾「腓骨など従来の方法では、歯肉の部分は皮弁で覆うのですが、これだと分厚いし、形も入れ歯にフィットしません。大抵は二次的に皮弁を切除して皮膚や粘膜を移植することになります。ベア・ボーンは外科医があれこれがんばるのではなく、患者さんの体の力で理想的な粘膜を作るのですね。」

去川「そうなんです。手術においては外科医の力ばかりが評価されがちですが、患者さん自身の力に頼っている部分はかなり大きいと思います。ただ、このベア・ボーンも適応は限られています。」


寺尾「全ての患者さんに応用できる魔法の方法はないですからね。症例ごとに工夫が必要ですね。私は腓骨のベア・ボーンはやっていませんが、ベア・ファスチア、つまり腓骨を筋膜でくるんでその上に粘膜を再生させる方法などをやっています。なんとか追加手術なしで入れ歯が入らないかと日々悩んでいます。」

去川「入れ歯やインプラントなどの補綴は、実際に使えるかどうかが問題だと思っています。使えないものでも長期的には役に立つという意見もありますが、その時点ではかえって邪魔と感じる可能性があります。」

寺尾「そうなんですよ。入れ歯が入っても、それでいろいろ噛めるようになったという患者さんは、残念ながらあまりいません。先生のところでは、どれぐらいの患者さんが入れ歯やインプラントを入れられるようになりますか?」


去川「自治医大では下顎再建全症例の内、使える入れ歯やインプラントが入った患者さんは20%くらいかと思います。修正手術をやらせてもらえば、もしかしたら入れ歯が入る患者さんもいるかもしれませんが、多くはできものをとって再建する手術だけでうんざりしており、これ以上の手術を望まない方がほとんどです。」

寺尾「そうですね。なるべく最初の手術で補綴に対応できる形態を作っておくことが重要ですね。咀嚼以外のメリットもありますから。でもやっぱり私たちは患者さんに噛んでもらいたい。噛める補綴のために必要な顎堤形態、咬合力、骨膜知覚・・・問題は沢山ありそうですね。」

去川「この使える補綴には、下唇や舌の知覚なども関わってくるかもしれません。まだまだ頂上は先にありますね。放射線治療を受けた患者さん、舌を切除した患者さんなど、それぞれの状況に応じて役立つ補綴を考えないといけないですね。本日はありがとうございました。」